安政の五か国条約

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1858年、江戸幕府ばくふがアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスの5つの国とむすんだ、貿易のための約束をまとめて「安政の五か国条約」といいます。大老たいろうという高い位にいた井伊直弼いいなおすけが、天皇のゆるしを得ないまま勝手に決めてしまったものです。

この約束は、日本にとってとても不利な「不平等な内容」でした。例えば、外国人が日本で悪いことをしても日本の法律でさばけないルール(領事裁判権りょうじさいばんけん)や、輸入品にかける税金を日本が自由に決められないルール(関税自主権かんぜいじしゅけんの欠如)がありました。

この約束のあと、横浜などの港が開かれ、日本の生糸などがどんどん外国へ送られました。そのせいで日本国内の品物が足りなくなり、物価が上がって人々の生活が苦しくなるなどの混乱が起きました。

ルラスタコラム

この条約で開かれた横浜は、もともとは小さな漁村でした。幕府は、外国人と日本人がすぐ近くに住むのを避けるために、あえて中心地から少し離れた横浜を選んで港を作ったと言われています。

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