学習目安 | 小: A | 中: S | 高: S

大日本帝国憲法

大日本帝国憲法

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1889年に出された、日本で最初の近代きんだい的な憲法けんぽうです。初代内閣総理大臣の伊藤博文いとうひろぶみが、ドイツ(プロイセン)の仕組みを参考にして作りました。

この憲法けんぽうでは、国の主権しゅけん(一番強い力)は天皇にあるとされ、国民は「臣民しんみん」と呼ばれました。国民の自由や権利は認められていましたが、それは「法律の範囲内はんいない」という決まりがあり、今よりも制限せいげんされていました。

また、この憲法けんぽうに基づいて、翌年には日本で初めての選挙せんきょが行われました。しかし、選挙せんきょに参加できたのは、たくさんのお金を納めている25歳以上の男性だけで、国民全体のわずか1パーセントほどでした。

ルラスタコラム

憲法が発表された2月11日は、今では「建国記念の日」という祝日になっています。当時の人々は、日本が近代国家の仲間入りをしたことをお祝いして、提灯行列などで盛り上がったそうですよ。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 大日本帝国憲法において、国の主権は誰にあると定められていましたか。
天皇(天皇主権)
【応用】 大日本帝国憲法が手本とした国はどこですか。また、なぜその国の憲法を選んだのですか。
ドイツ(プロイセン)。君主(天皇)の権限が非常に強い仕組みが、当時の日本の国情に合っていると考えられたため。
【実践】 大日本帝国憲法における国民の権利は、日本国憲法と比べてどのような特徴がありましたか。「法律」という言葉を使って説明しなさい。
国民は「臣民」と位置づけられ、言論や信教の自由などの権利は「法律の範囲内」でのみ認められるという制限がありました。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する
ルラスタマップ (3層表示) フルサイズで表示 (5層) ↗
マップを生成中…

まだ閲覧履歴がありません