一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
明治時代の初めごろ、一部の藩出身の人たちだけで政治を行う「藩閥政治」に対して、「国民の意見を聞く場所(国会)を作ってほしい!」と求める動きが広がりました。これが「自由民権運動」です。
中心になったのは、板垣退助という人物です。彼は「民撰議院設立建白書」という手紙を政府に出して、国民が政治に参加する権利を訴えました。最初は武士たちが中心でしたが、やがて重い税金に苦しむ農民たちも加わり、日本中で大きな運動になりました。
政府は最初、この動きを厳しく取り締まりましたが、最後には「10年後に国会を開く」と約束しました。そして、日本で初めての政党ができたり、憲法が作られたりすることになったのです。
ルラスタコラム
板垣退助が暴漢に襲われたときに叫んだとされる「板垣死すとも自由は死せず」という言葉は有名です。実際には少し違う言葉だったという説もありますが、彼の自由を求める強い気持ちが、当時の人々に大きな勇気を与えたことは間違いありません。
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