一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
長岡(ながおか)京(きょう)は、いまから1200年(ねん)ほど前(まえ)に、桓(かん)武(む)天皇(てんのう)がつくった都(みやこ)です。奈良(なら)の平城京(へいじょうきょう)から、京都(きょうと)に移(うつ)されました。
桓(かん)武(む)天皇(てんのう)が都(みやこ)を移(うつ)した一番(いちばん)の理由(りゆう)は、奈良(なら)のお寺(てら)が政治(せいじ)に強(つよ)い影響(えいきょう)を持(も)つようになったため、そこから離(はな)れて新(あたら)しい政治(せいじ)を行(おこな)いたかったからです。ところが、新(あたら)しい都(みやこ)をつくっている途中(とちゅう)で、中心(ちゅうしん)人物(じんぶつ)の藤原(ふじわらの)種(たね)継(つぐ)が殺(ころ)されたり、大洪水(だいこうずい)などの災害(さいがい)が続(つづ)いたりしました。
これらの良(よ)くない出来事(できごと)は「死(し)んでしまった人(ひと)のたたり」だと恐(おそ)れられ、長岡(ながおか)京(きょう)はわずか10年(ねん)で使(つか)われなくなり、すぐ近(ちか)くの平安京(へいあんきょう)へと再(ふたた)び都(みやこ)が移(うつ)されました。
ルラスタコラム
長岡京(ながおかきょう)がどこにあったのかは、実(じつ)は長(なが)い間(あいだ)よくわかっていませんでした。昭和(しょうわ)になってから中山(なかやま)修一(しゅういち)さんという先生(せんせい)たちが発掘(はっくつ)調査(ちょうさ)を行(おこな)ったことで、ようやく幻(まぼろし)の都(みやこ)の正体(しょうたい)がつかめるようになったんですよ。
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