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自由民権運動

自由民権運動

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

明治時代の初めごろ、一部のはん出身の人たちだけで政治を行う「藩閥政治はんばつせいじ」に対して、「国民の意見を聞く場所(国会)を作ってほしい!」と求める動きが広がりました。これが「自由民権運動」です。

中心になったのは、板垣退助いたがきたいすけという人物です。彼は「民撰議院設立建白書」という手紙を政府に出して、国民が政治に参加する権利を訴えました。最初は武士たちが中心でしたが、やがて重い税金に苦しむ農民たちも加わり、日本中で大きな運動になりました。

政府は最初、この動きを厳しく取り締まりましたが、最後には「10年後に国会を開く」と約束しました。そして、日本で初めての政党ができたり、憲法けんぽうが作られたりすることになったのです。

ルラスタコラム

板垣退助が暴漢ぼうかんに襲われたときに叫んだとされる「板垣死すとも自由は死せず」という言葉は有名です。実際には少し違う言葉だったという説もありますが、彼の自由を求める強い気持ちが、当時の人々に大きな勇気を与えたことは間違いありません。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 1874年に板垣退助らが政府に提出し、自由民権運動の出発点となった文書は何ですか。
民撰議院設立建白書
【応用】 1877年の西南戦争の後、自由民権運動が全国的に盛り上がったのはなぜですか。
武力による政府への抵抗(士族の反乱)が限界に達したため、言論によって政治参加を求める運動へとエネルギーが転換されたから。
【実践】 1890年の第1回衆議院議員総選挙において、選挙権が与えられた人の条件を2つ答えてください。
直接国税を15円以上納めていること、および満25歳以上の男子であること。

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