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西南戦争

西南戦争

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

明治時代のはじめ、それまで武士だった人たちは、刀を取り上げられたり、仕事がなくなったりして、政府に対して強い不満を持っていました。そんな中、1877年に鹿児島かごしま県で西郷隆盛さいごうたかもりを中心とした武士たちが、政府に対して大きな戦いを起こしました。これが西南戦争せいなんせんそうです。

政府の軍隊は、新しく作られた「徴兵令ちょうへいれい」によって集められたふつうの人たちでしたが、新しい武器や通信の技術を使って、武士たちの軍隊に勝ちました。この戦いに負けたことで、武士が力で政府に逆らう時代は終わり、これからは話し合いで政治を変えようとする「自由民権運動じゆうみんけんうんどう」がさかんになっていきました。

ルラスタコラム

西郷隆盛は、実はこの戦いの前に政府のとてもえらい役職についていました。しかし、考え方のちがいで政府を辞めて鹿児島に帰ってしまったのです。西郷さんは今でも鹿児島の人たちにとても愛されているヒーローなんですよ。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 西南戦争において、政府軍に抵抗した士族たちの指導者となった人物は誰ですか。
西郷隆盛
【応用】 西南戦争において、政府軍が士族軍に対して圧倒的に有利であった理由を、装備や技術の面から説明しなさい。
徴兵制によって組織された国民軍が、近代的な兵器や電信・蒸気船といった通信・輸送手段を駆使して、旧来の武士(士族)の軍隊を圧倒したため。
【実践】 西南戦争の終結は、その後の日本の反政府運動にどのような影響を与えましたか。「武力」と「言論」という言葉を用いて説明しなさい。
武力による政府への抵抗が不可能であることが証明されたため、不満を持つ士族や知識層は武力行使をあきらめ、板垣退助らを中心に言論によって国会開設を求める「自由民権運動」へと活動の場を移した。

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