幕末から明治時代にかけて活躍した長州藩出身の政治家。西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」の一人に数えられる。薩長同盟の締結において重要な役割を果たし、明治政府では版籍奉還や廃藩置県、岩倉使節団による海外視察を通じて、日本の近代化と中央集権体制の確立に尽力した。
解説
幕末期には桂小五郎の名で知られ、尊王攘夷運動の中心人物として活動した。坂本龍馬の仲介のもと、それまで敵対していた薩摩藩と薩長同盟を結ぶことで倒幕の流れを決定づけた。明治新政府が発足すると、近代日本の基本方針となる「五箇条の御誓文」の起草に携わったほか、封建社会を解体して新しい国家体制を作るため、版籍奉還や廃藩置県などの抜本的な改革を主導した。
1871年からは岩倉使節団の全権副使として欧米を視察し、西洋の政治制度や教育の現状を直接学んだ。帰国後は、当時政府内で持ち上がっていた「征韓論」に対し、まずは国内の政治や産業を整えるべきだという「内治優先」の立場から強く反対した。これにより、西郷隆盛らとの政治的な対立が生じ、明治六年の政変へとつながることになった。
コラム
木戸は、近代国家には憲法が必要であると早くから主張し、立憲政治の準備を進めるなど、日本の法治国家化に多大な影響を与えた。しかし、志半ばで1877年の西南戦争の最中に病に倒れ、この世を去った。吉田松陰の門下生としても知られ、倒幕の核となった長州藩の指導者としての存在感は極めて大きかった。