綿花などの原料から綿糸を製造する産業。明治政府が推進した殖産興業政策において、日本の近代化を牽引し、外貨獲得の柱となった最重要の基幹産業である。
解説
日本の紡績業は、明治維新後の近代国家建設において決定的な役割を果たしました。当初、政府は外貨流出を防ぎ国内産業を育てるため、西洋の最新技術を導入した官営模範工場の設立を進めました。
1882年に渋沢栄一らが設立した大阪紡績会社が、蒸気機関を用いた大規模な夜間操業に成功したことで、民間企業による機械制大工業が急速に普及しました。1890年には綿糸の国内生産量が輸入量を上回り、さらに1897年には輸出量が輸入量を逆転。日本は「東洋のマンチェスター」と呼ばれるほどの繊維大国となり、この成功で蓄積された資本が、後の重化学工業への発展を支える土台となりました。
コラム
紡績業の発展は、当時の「富国強兵・殖産興業」という国家目標達成のための大きな柱でした。一方で、この時期の政府は徴兵令による軍事力整備や、地租改正による安定した税収確保も進めていました。
特に地租改正においては、当初は地価の3%という重い負担に対し各地で農民一揆が発生しました。その結果、1877年には地租が2.5%に引き下げられるなど、近代化の過程では激しい社会的摩擦も生じていました。紡績業を支えた労働力の多くも、こうした農村出身の若い女性たちであったことが知られています。