- 三重県四日市市に形成された、日本初の本格的な石油化学コンビナートを中心とする工業地域。
- 中京工業地帯の核として、プラスチック、合成ゴム、合成繊維などの基礎原料を供給する役割を担う。
- 高度経済成長期に深刻な大気汚染(四日市ぜんそく)を引き起こしたが、現在は高度な環境対策が講じられている。
解説
四日市の石油化学工業は、1950年代後半に旧海軍燃料廠の跡地を利用して始まりました。1958年には日本で初めての「石油化学コンビナート」が本格稼働しました。コンビナートとは、石油精製所を中心に、そこから得られるナフサなどを原料とする化学工場がパイプラインで結ばれ、効率的に生産を行う巨大な工場群のことです。
この地域は伊勢湾に面した臨海部に位置し、原料の輸入や製品の出荷に便利な立地条件を備えていました。これにより、戦後の日本経済を支える重化学工業の発展に大きく貢献しました。しかし、急速な工業化の影で、工場から排出される亜硫酸ガスによる大気汚染が深刻化し、住民に健康被害をもたらす「四日市ぜんそく」が発生しました。これは日本の四大公害病の一つとして、その後の環境行政や企業の社会的責任を問う大きな転換点となりました。
コラム
現在の四日市コンビナートは、脱硫装置の設置や生産プロセスの改善により、世界でもトップクラスの環境基準をクリアしています。また、近年では「工場夜景」の聖地としても知られ、観光資源としての側面も持っています。
産業構造の変化に伴い、現在は汎用的な化学品だけでなく、半導体材料や高機能プラスチックなど、付加価値の高い製品へのシフトが進んでいます。さらに、カーボンニュートラルの実現に向けて、水素やアンモニアを活用した次世代型のコンビナートへの転換も模索されています。