筑豊炭田

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

福岡県にあった、昔たくさん「石炭せきたん」がとれた場所のことです。石炭は、大きな工場を動かしたり、鉄を作ったりするための大切なエネルギーでした。

明治時代めいじじだいに、北九州市に「八幡製鉄所やはたせいてつじょ」という大きな鉄の工場ができました。そこで鉄を作るためには、たくさんの石炭を燃やす必要がありました。筑豊炭田でとれた石炭は、すぐ近くの工場へと運ばれ、日本の産業さんぎょうをさかんにするために大活躍しました。

しかし、昭和の時代になると、石炭よりも便利な石油が使われるようになり、役目を終えてすべての炭鉱たんこうが閉まりました。今では、当時の建物が歴史の宝物として大切に残されていて、日本の発展を知るための重要な場所になっています。

ルラスタコラム

石炭は、大昔の植物が地面の下で長い時間をかけて変化したものです。筑豊炭田でとれた石炭は質がとても良く、燃える力が強かったため、日本の近代化を支える「黒いダイヤ」と呼ばれて大切にされていました。

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