1895年の日清戦争後に締結された下関条約に基づき、敗戦国の清が戦勝国の日本に対して支払った2億両(テール)におよぶ巨額の金銭を指します。
解説
日清戦争の講和条約である下関条約において、日本は清から賠償金として2億両(約3億1000万円)を獲得しました。さらに、ロシア・フランス・ドイツによる三国干渉を受けて遼東半島を返還した際、その代償金として3000万両が加算されました。これらの合計額は、当時の日本の国家予算の4倍を超える極めて膨大なものでした。
賠償金の使途の約8割は陸海軍の軍備拡張費に充てられ、来るべきロシアとの対立(日露戦争)を見据えた国防力の強化が進められました。経済面では、この資金を準備金として「金本位制」を確立させ、国際的な経済信用を得ることに成功しました。さらに、北九州の官営八幡製鉄所の設立資金にも充てられるなど、日本の産業革命と資本主義の発展を支える大きな経済的基盤となりました。
コラム
この莫大な賠償金の支払いは、清の国家財政に壊滅的な打撃を与えました。清は支払い資金を工面するために列強諸国から多額の借款(借金)を重ねることとなり、その見返りとして鉄道敷設権や鉱山採掘権を奪われ、中国大陸における列強の勢力拡大(中国分割)を加速させる要因となりました。一方、日本ではこの賠償金によって経済が活況を呈しましたが、急激な通貨供給量の増加による物価上昇などの課題も生じました。