4世紀から7世紀頃にかけて、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移住し、土木・農業・金属加工などの先進技術や、漢字・儒教・仏教などの学問・宗教を伝えた人々。彼らはヤマト政権において職能集団として組織され、古代国家の形成や文化の発展に決定的な役割を果たした。
解説
4世紀から5世紀のヤマト政権期、朝鮮半島での戦乱や政治的変動を背景に、多くの技術者や知識人が日本列島へ渡ってきた。彼らは「渡来人」と呼ばれ、当時の日本にはなかった高度な生産技術をもたらした。代表的なものに、高温で焼成する硬質な土器「須恵器」の製作技術や、鉄製農具による農業生産力の向上、機織り、大規模な治水・土木事業などが挙げられる。
また、彼らが伝えた乗馬の技術は、軍事や交通に革新をもたらした。これは古墳の副葬品として馬具や馬の埴輪が現れる変化からも見て取れる。6世紀以降、百済から伝えられた仏教や儒教は、渡来系氏族と結びつきの強かった蘇我氏によって受容され、飛鳥文化の基盤となった。彼らは文字(漢字)の知識を活かし、ヤマト政権内で記録や外交を担う「史(ふひと)」などの官僚組織の原型を形成し、奈良時代の東大寺大仏造立のような巨大国家プロジェクトにおいても、鋳造技術などの指導者として中心的な役割を担い続けた。
コラム
渡来人の代表的な氏族には、機織りや土木技術を伝えた秦氏(はたうじ)や、文筆・外交を担った東漢氏(やまとのあやうじ)、西文氏(かわちのふみうじ)などがいる。彼らの居住地は河内(大阪府)や大和(奈良県)を中心に広がり、その高度な技術力は法隆寺や東大寺などの寺院建築の源流となり、古代日本の文明化を飛躍的に加速させた。