まとめ
藤原(ふじわら)頼通(よりみち)は、平安時代(へいあんじだい)にとても力(ちから)を持(も)っていた政治家(せいじか)です。お父(とう)さんの藤原(ふじわら)道長(みちなが)のあとを継(つ)いで、約(やく)50年(ねん)もの間(あいだ)、天皇(てんのう)に代(か)わって政治(せいじ)を行(おこな)う摂政(せっしょう)や関白(かんぱく)という大切(たいせつ)な役目(やくめ)を務(つと)めました。
頼通(よりみち)が生(い)きていたころは、世(よ)の中(なか)が乱(みだ)れていて、「死(し)んだあとは極楽浄土(ごくらくじょうど)という平和(へいわ)な世界(せかい)に生(う)まれ変(か)わりたい」と願(ねが)う浄土教(じょうどきょう)という教(おし)えが広(ひろ)まっていました。そこで頼通(よりみち)は、1052年(ねん)に京都(きょうと)の宇治(うじ)に平等院(びょうどういん)というお寺(てら)を建(た)てました。
特(とく)に有名(ゆうめい)なのが平等院(びょうどういん)鳳凰堂(ほうおうどう)です。これは10円(えん)玉(だま)のデザインにもなっている建物(たてもの)で、中(なか)には阿弥陀如来(あみだにょらい)という仏像(ぶつぞう)がまつられています。頼通(よりみち)は、この世(よ)に極楽浄土(ごくらくじょうど)の様子(ようす)を再現(さいげん)しようとしたのです。頼通(よりみち)が亡(な)くなったあとは、藤原(ふじわら)氏(し)ではない天皇(てんのう)が登場(とうじょう)し、時代(じだい)は大(おお)きく変(か)わっていくことになります。
みんなが使っている10円玉には平等院鳳凰堂が描かれていますが、実は1万円札の裏側にも、鳳凰堂の屋根の上にのっている「鳳凰」という鳥の像がデザインされているんですよ。頼通が作った建物は、今の時代でも最高のお宝として大切にされているんですね。
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