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下関条約

下関条約

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

日清戦争に勝った日本が、清(今の中国)と結んだ講和条約こうわじょうやくです。山口県の下関しものせきという場所で話し合いが行われました。この条約で、日本は台湾などの新しい土地や、とても大きな額の賠償金ばいしょうきんを手に入れました。日本の代表は伊藤博文いとうひろぶみと陸奥宗光むつむねみつ、清の代表は李鴻章りこうしょうという人物でした。しかし、条約のすぐあとにロシア・ドイツ・フランスの3つの国から「土地を返しなさい」と命令される「三国干渉さんごくかんしょう」が起き、せっかく手に入れた遼東半島りょうとうはんとうを返すことになりました。

ルラスタコラム

条約の話し合いが行われた「春帆楼(しゅんぱんろう)」という建物は、日本で初めてフグ料理を出すことが許されたお店として有名です。伊藤博文がここのフグを食べて感動したことから、フグ料理が全国に広まるきっかけになったといわれています。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 下関条約が締結されるきっかけとなった、1894年に始まった戦争は何ですか?
日清戦争
【応用】 下関条約で日本が獲得した領土のうち、ロシア・ドイツ・フランスの要求(三国干渉)によって清に返還することになった場所はどこですか?
遼東半島(りょうとうはんとう)
【実践】 下関条約と、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約を比較した際、日本が獲得した「賠償金」に関する大きな違いを説明してください。
下関条約では2億テールという巨額の賠償金を得たが、ポーツマス条約では賠償金を得ることができなかった

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