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卑弥呼

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

今から1800年ほど前、日本がまだ「倭(わ)」とよばれていたころに、たくさんの小さな国をまとめていたのが卑弥呼ひみこという女王です。卑弥呼ひみこは「邪馬台国やまたいこく」という国をおさめていました。

卑弥呼ひみこは、ふしぎな力を使った「まじない」で人々の心をつかみ、争いが続いていた日本を平和にしました。また、当時の中国(魏ぎ)に使いを送り、王様から「親魏倭王しんぎわおう」という称号や、たくさんの鏡、金印などをさずかりました。

卑弥呼ひみこが亡くなったあと、また国が乱れましたが、壱与いよという女の子が次の女王になると、ふたたび平和になったといわれています。

ルラスタコラム

卑弥呼はふだん、人前に姿を見せず、1000人もの女性にかしずかれて暮らしていたといわれています。食事や身の回りのお世話は、たった一人の男性(弟)だけが担当していたそうですよ。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 卑弥呼が治めた国の名前と、その様子が記されている中国の歴史書をそれぞれ答えなさい。
国名は邪馬台国、歴史書は『魏志倭人伝』(『三国志』魏書東夷伝倭人条)です。
【応用】 卑弥呼が中国(魏)の皇帝から「親魏倭王」の称号を授かった目的は何だと考えられますか。
中国という大国の後ろ盾を得ることで、自らの支配の正当性を国内外に示し、国内の統治を安定させるためと考えられます。
【実践】 邪馬台国の所在地について「畿内説」が有力視される根拠として、どのような遺跡や出土品が挙げられますか。
奈良県の纒向遺跡や箸墓古墳が挙げられます。箸墓古墳は『魏志倭人伝』に記された卑弥呼の墓の規模と一致することや、広域から土器が集まっていることが根拠とされます。

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