1960年に池田勇人内閣が策定した、10年間で実質国民所得を2倍以上にすることを目指した長期経済計画。高度経済成長を象徴する政策であり、それまでの政治的な対立から国民の関心を経済発展へと向けさせる重要な転換点となった。
解説
1960年に発足した池田勇人内閣は、「寛容と忍耐」をスローガンに掲げ、安保闘争によって激化した国内の政治的対立を収束させるため、経済成長を最優先課題とする姿勢を打ち出した。サンフランシスコ平和条約による主権回復や国際連合加盟を経て、日本が国際社会の一員として自立した経済基盤を求めていた時期でもあった。
計画では、年平均7.2%の経済成長率を維持することで所得倍増を目指したが、民間設備投資の爆発的な増加や重化学工業化の進展により、実際にはそれを大きく上回るペースで成長が進んだ。この政策の成功により、日本の経済規模は飛躍的に拡大し、国民の生活水準も劇的に向上して「東洋の奇跡」とも称される発展を遂げた。
コラム
所得倍増計画は、開始から約7年で目標を達成し、日本は当時、資本主義世界で第2位の経済大国へと躍り出た。しかし、その一方で都市部への人口集中による過密化や、深刻な公害問題、農村部との所得格差といった新たな社会課題が顕在化し、後の環境対策や地域開発政策に影響を与えることとなった。