一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
検地(けんち)とは、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が日本全国(ぜんこく)で行(おこな)った土地(とち)の調査(ちょうさ)のことです。田畑(たはた)の広(ひろ)さや、どれくらいの量(りょう)のお米(こめ)が取(と)れるかを調(しら)べて、「検地帳(けんちちょう)」という台帳(だいちょう)に記録(きろく)しました。
昔(むかし)は、一つの土地(とち)にいろいろな人(ひと)が関係(かんけい)していて、だれが年貢(ねんぐ)(税金(ぜいきん))を払(はら)うかがはっきりしていませんでした。秀吉(ひでよし)は「京升(きょうます)」という入(い)れ物(もの)の大きさを全国(ぜんこく)で統一(とういつ)し、同(おな)じ基準(きじゅん)で土地(とち)を測(はか)るようにしました。そして、土地(とち)ごとに一人(ひとり)の農民(のうみん)を登録(とうろく)し、農民(のうみん)に土地(とち)を耕(たがや)す権利(けんり)を認(みと)める代(か)わりに、決(き)められた量(りょう)のお米(こめ)をおさめる義務(ぎむ)をあたえたのです。これを石高制(こくだかせい)といいます。
ルラスタコラム
秀吉(ひでよし)が使(つか)った「京升(きょうます)」は、もともと京都(きょうと)で使(つか)われていた升(ます)でした。それまでは地域(ちいき)によって升(ます)の大きさがバラバラだったので、同じ「一升(いっしょう)」でも場所(ばしょ)によって量(りょう)が違(ちが)うという不公平(ふこうへい)があったのです。物差し(ものさし)や升(ます)のルールをひとつに決(き)めることは、国(くに)をまとめるための大切(たいせつ)な一歩(いっぽ)だったのですね。
記事の内容に誤りがありますか?
⚠️ 修正を提案する