加羅(伽耶)

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

今から1600年ほど前の朝鮮(ちょうせん)半島(はんとう)南部にあった「加羅(から)(または伽耶(かや))」という地域のグループのお話です。当時の日本(ヤマト政権(せいけん))にとって、加羅はとても大切な場所でした。なぜなら、そのころの日本には鉄(てつ)がなかったため、道具や武器を作るための鉄をこの加羅から輸入(ゆにゅう)していたからです。

また、加羅やそのとなりの百済(くだら)からは、文字や新しい建物を作る技術(ぎじゅつ)など、進んだ文化を持った人々(渡来人(とらいじん))がたくさん日本にやってきました。ヤマト政権(せいけん)は、これらの技術(ぎじゅつ)や鉄を手に入れるために、加羅の人たちと協力して、北の強い国(高句麗(こうくり))と戦ったり、中国の皇帝(こうてい)に使いを送ったりして、深いつながりを持っていました。

ルラスタコラム

加羅(から)は一つの大きな国ではなく、小さな国が集まったグループでした。そのため、時代によって「任那(みまな)」などの別の名前で呼ばれることもあります。日本はこの地域と交流するために、海を渡る航海の安全を福岡県の沖ノ島(おきのしま)でお祈りしていました。

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