新羅(しらぎ)は、4世紀頃から10世紀にかけて朝鮮半島に存在した国家です。当初は半島の南東部を拠点としていましたが、唐と結んで百済や高句麗を滅ぼし、676年に朝鮮半島を初めて統一しました。
解説
新羅は、古代東アジアの国際情勢において極めて重要な役割を果たしました。7世紀半ば、日本(倭)が百済を救援するために軍を送った「白村江の戦い」では、唐と連合して日本・百済連合軍を破りました。その後、唐の勢力を半島から追い出すことで統一を完成させ、独自の官僚制度や仏教文化を発展させました。
日本との関係は、白村江の戦い直後は緊張していましたが、後に「遣新羅使」が派遣されるなど、活発な交流が行われるようになりました。日本の正倉院に伝わる宝物や、福岡県の沖ノ島から出土した遺物には、新羅との交易によってもたらされた品々が含まれており、当時の高度な金属加工技術や文化水準の高さを示しています。
コラム
新羅の都であった金城(現在の慶州)は、シルクロードの東の終着点の一つとも言われ、西アジアの文化の影響も受けていました。例えば、新羅の古墳から出土するガラス製品などは、遠くローマ帝国周辺で作られたものと考えられています。
また、13世紀から19世紀にかけての対外関係史においても、朝鮮半島との交流は日本の外交において常に重要なテーマでした。新羅が築いた統一国家の枠組みは、その後の高麗や朝鮮王朝へと引き継がれ、現代の朝鮮半島の歴史的基盤となりました。