1946年(昭和21年)4月10日に行われた第22回衆議院議員総選挙において、日本の憲政史上初めて女性の国会議員が選出されたことを指します。これは第二次世界大戦後のGHQによる民主化政策の一環として、女性に参政権が認められたことで実現した歴史的な転換点です。
解説
終戦直後の1945年(昭和20年)、連合国軍最高司令官マッカーサーが示した「五大改革指令」の一つに女性解放(参政権の付与)が含まれていました。これを受け、同年12月に衆議院議員選挙法が改正され、満20歳以上の男女に選挙権が、満25歳以上の男女に被選挙権が与えられました。これにより、日本で初めて男女平等な普通選挙が実施されることとなりました。
1946年4月の総選挙では、戦後初の国政選挙として高い関心を集め、79名の女性が立候補しました。結果として加藤シヅエら39名の女性が当選を果たし、帝国議会(現在の国会)に初めて女性の席が用意されました。この出来事は、それまで男性のみで運営されていた日本の政治に、女性の視点や生活者の声が直接反映される仕組みが整ったことを意味しています。
コラム
戦前から市川房枝らを中心とした女性運動家たちが、女性の地位向上と参政権獲得を目指して粘り強く活動を続けていましたが、戦時下の社会情勢により長く阻まれてきました。そのため、1946年の女性議員誕生は、長年の民間運動と戦後の国際的な民主化の流れが結びついた結果といえます。
なお、この時誕生した39名という女性当選者の数は、衆議院においては2005年まで半世紀以上にわたり最多記録として残るほど、当時の女性の政治進出は画期的な勢いを持っていました。現代の日本においても、意思決定の場における女性比率の向上は、民主主義をより深化させるための重要な課題となっています。