学制

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1872年(明治5年)に、日本で初めて決められた近代的きんだいてきな学校の制度せいどのことです。それまでは、武士は藩校はんこう、町の人や農民は寺子屋てらこやなどで勉強していましたが、明治政府は「6歳になったら、男の子も女の子もみんな小学校へ行かなければならない」というルールを作りました。

なぜこのようなルールを作ったのでしょうか。それは、外国に負けないくらい強い国にするために、すべての人にしっかりとした知識ちしきを身につけてほしいと考えたからです。しかし、当時は学校へ行くためのお金が高かったり、家の手伝いをする子どもが学校へ行ってしまうと困る家が多かったりしたため、この決まりに反対する怒った人たちが各地でさわぎを起こすこともありました。

ルラスタコラム

学制が始まったころ、今のようにおしゃれな校舎はまだありませんでした。古いお寺の建物や、普通の民家をそのまま教室として使っていたこともあったそうです。今の当たり前のようにある学校も、明治時代の大きな変化から始まったのですね。

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