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満州事変

満州事変

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1931年に、中国の満州まんしゅうという場所で始まった戦争のことです。当時、日本は景気が悪くて困っていました。そこで、日本の軍隊(関東軍)は、満州にある資源や土地を手に入れようと考えました。

関東軍は、自分たちで鉄道の線路を爆破したのに、「中国の軍隊がやった」とうそをついて攻撃を始めました。これを柳条湖事件といいます。日本の政府は「戦争を広げない」と決めましたが、軍隊はそれを無視してどんどん進んでいきました。

その後、日本は満州に「満州国」という新しい国を作りました。しかし、世界中の国々が集まる国際連盟からは「日本のやり方はおかしい」と責められてしまいます。納得がいかない日本は、国際連盟を抜けてしまい、世界の中でひとりぼっちになっていきました。

ルラスタコラム

満州国のトップに選ばれたのは、中国の最後の皇帝だった溥儀ふぎという人物です。彼はわずか2歳で皇帝になった歴史を持っており、映画のモデルにもなっています。自分の意志ではなく、日本の軍隊に利用される形でリーダーになった悲劇の皇帝とも言われています。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 満州事変のきっかけとなった、関東軍が自ら線路を爆破した事件を何というか。
柳条湖事件
【応用】 満州事変に対し、国際連盟が派遣した調査団の名前と、その後の日本の対応を答えなさい。
リットン調査団。報告書で日本の行為が侵略であると認められたことに反発し、日本は1933年に国際連盟を脱退した。
【実践】 満州事変から日中戦争に至る過程で、日本国内の政治体制はどのように変化したか。「政党政治」という言葉を使って説明しなさい。
軍部の独走を政府が止められず、1932年の五・一五事件で犬養毅首相が暗殺されたことで政党政治が崩壊し、軍部が政治の主導権を握る軍国主義へと傾斜した。

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