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サンフランシスコ平和条約

サンフランシスコ平和条約

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

日本は、大きな戦争に負けたあと、しばらくの間はアメリカなどの外国のグループ(連合国)に支配されていました。自分たちの国のことを自分たちで決めることができない状態だったのです。

1951年、アメリカのサンフランシスコという町で、日本が再び一つの独立どくりつした国として認められるための約束が交わされました。これが「サンフランシスコ平和条約」です。この条約のおかげで、日本は再び自分の力で歩み始めることができるようになりました。

ただし、このときは世界の中で意見が分かれていたため、すべての国と仲直りできたわけではありませんでした。また、同じ日にアメリカと「日米安全保障条約」という、日本の安全を守るための別の約束も結ばれました。

ルラスタコラム

この条約が結ばれたのは、サンフランシスコにある大きなオペラハウスでした。日本の代表として出席した吉田茂首相は、とても長い巻物に書かれた受諾演説を読み上げたといわれています。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 サンフランシスコ平和条約が結ばれたことによって、日本はどのような状態になりましたか。
連合国による占領が終わり、主権を回復して独立を達成しました。
【応用】 この条約が、ソ連などの共産圏諸国を含まない「多数講和」となった背景には、どのような世界情勢がありましたか。
アメリカを中心とする資本主義陣営と、ソ連を中心とする社会主義陣営が対立する「冷戦」が激化していたためです。
【実践】 サンフランシスコ平和条約と同時に調印され、独立後の日本にアメリカ軍が駐留し続けることを認めた条約は何ですか。
日米安全保障条約

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