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応仁の乱

応仁の乱

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1467年に始まった、京都を舞台にした大きな戦いです。きっかけは、室町むろまち幕府ばくふの8代将軍、足利あしかが義政よしまさのあとつぎをだれにするかという争いでした。

この戦いは11年も続き、京都の町はほとんど焼けてしまいました。戦いのあと、幕府の力はとても弱くなり、かわりに実力のある者が上の立場の人をたおす「下剋上げこくじょう」という動きが広がりました。これがきっかけで、日本は「戦国時代」という、各地の大名が争い合う時代に入っていくことになります。

ルラスタコラム

応仁の乱の間、京都の有名な「祇園祭(ぎおんまつり)」は30年以上も中止されていました。でも、京都の町の人たちが「自分たちの力で町を元気にしよう!」と立ち上がり、お祭りを復活させたのです。今の祇園祭があるのは、当時の人たちの強い思いのおかげなんですね。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 応仁の乱が始まった西暦と、その直接的な原因となった8代将軍の名前を答えなさい。
1467年、足利義政
【応用】 応仁の乱の後、室町幕府の直接的な支配権はどこまで縮小したか、具体的な地名を答えなさい。
山城国(現在の京都府南部)
【実践】 応仁の乱がその後の日本社会に与えた影響について、政治面と文化面の2つの視点から簡潔に説明しなさい。
政治面では幕府の権威が失墜して「下剋上」の風潮が広まり、戦国時代の幕開けとなった。文化面では戦火を逃れた公家や僧侶が地方へ移住したことで、京都の文化が全国へ広まった。

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