一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
1575年(ねん)、織田信長(おだのぶなが)と徳川家康(とくがわいえやす)の連合軍(れんごうぐん)が、鉄砲(てっぽう)を効果的(こうかてき)に使(つか)って、武田勝頼(たけだかつより)の軍(ぐん)をたおした有名(ゆうめい)な戦(たたか)いです。愛知県(あいちけん)の長篠城(ながしのじょう)の近(ちか)くで行(おこな)われました。
当時(とうじ)、武田(たけだ)の軍(ぐん)は馬(うま)に乗(の)った武士(ぶし)(騎馬隊(きばたい))が最強(さいきょう)といわれていました。しかし信長(のぶなが)たちは、馬(うま)を止(と)めるための柵(さく)を作(つく)り、そこからたくさんの鉄砲(てっぽう)を一斉(いっせい)にうつ作戦(さくせん)で勝利(しょうり)しました。これによって、刀(かたな)や弓(ゆみ)よりも鉄砲(てっぽう)が重要(じゅうよう)になり、日本(にほん)の戦(たたか)い方(かた)が大きく変(か)わるきっかけとなりました。
ルラスタコラム
この戦(たたか)いで使(つか)われた鉄砲(てっぽう)は、1543年(ねん)に種子島(たねがしま)に伝(つた)わったものです。堺(さかい)や国友(くにとも)といった町(まち)でたくさん作(つく)られるようになり、信長(のぶなが)はいちはやくその力(ちから)に注目(ちゅうもく)して、天下統一(てんかとういつ)に役立(やくだ)てたのですね。
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