雑徭

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

奈良(なら)時代(じだい)の農民(のうみん)は、今(いま)のお金(かね)を払(はら)う税(ぜい)金(きん)とはちがい、体(からだ)を動(うご)かして働(はたら)く「労(ろう)役(えき)」という税(ぜい)金(きん)を課(か)されていました。その代表的(だいひょうてき)なものが「雑(ぞう)徭(よう)」です。

雑(ぞう)徭(よう)は、地方(ちほう)の役人(やくにん)である「国司(こくし)」の命令(めいれい)で、1年間(ねんかん)に最大(さいだい)60日間(にちかん)も働(はたら)かなければなりませんでした。仕事(しごと)の内容(ないよう)は、道(みち)を作(つく)ったり、田(た)んぼに水(みず)を引(ひ)くための水(みず)路(ろ)を直(なお)したりする、土(ど)木(ぼく)工事(こうじ)などが中心(ちゅうしん)でした。

この仕事(しごと)をしている間(あいだ)のご飯(はん)は自分(じぶん)で用意(ようい)しなければならず、自分(じぶん)の田(た)んぼを耕(たがや)す時間(じかん)も減(へ)ってしまうため、農民(のうみん)の生活(せいかつ)はとても苦(くる)しいものでした。

ルラスタコラム

実は、雑徭以外にも都で働く「歳役(さいえき)」や、九州の守りにつく「防人(さきもり)」といった大変な仕事もありました。あまりの厳しさに、当時の農民たちは何とかして税金から逃げようと必死だったといわれています。

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