四国艦隊下関砲撃事件

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1864年に、イギリス、フランス、アメリカ、オランダという4つの国の艦隊かんたい(軍艦のグループ)が、今の山口県にあった長州藩の下関を攻撃こうげきした事件です。

そのころの日本は、外国人を追い出そうとする「攘夷じょうい」という考えが強く、長州藩は前の年に海を通る外国の船を大砲で撃っていました。そのお返しとして、4つの国が連合して攻めてきたのです。

長州藩は最新の武器を持つ外国にまったく歯が立たず、負けてしまいました。この事件をきっかけに、長州藩の人たちは「今のままでは外国に勝てない。古い仕組みを変えて、日本を強くしなければならない」と考えるようになり、江戸幕府をたおす準備を始めることになります。

ルラスタコラム

この事件のあと、長州藩は外国と仲直りをする交渉をしました。そのとき、代表として話し合いに行ったのが有名な高杉晋作です。彼はとても堂々とした態度で交渉にのぞんだといわれています。負けてもただでは起きない強さがあったのですね。

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