- 冷戦
- 第二次世界大戦後、アメリカを中心とする資本主義陣営とソ連を中心とする社会主義陣営との間で展開された、直接的な武力行使を伴わない対立状態
- アメリカ(西側)とソ連(東側)による世界の二極化と政治・経済・軍事的な対立
- 核兵器による「恐怖の均衡」から直接対決を避けつつ、朝鮮やベトナムで代理戦争が勃発
- 1989年のマルタ会談で終結が宣言され、1991年のソ連崩壊によって完全に幕を閉じた
解説
第二次世界大戦後、世界は自由主義・資本主義を掲げるアメリカ(西側)と、共産主義・社会主義を掲げるソ連(東側)の二大勢力に分かれました。イギリスのチャーチルが「鉄のカーテン」と表現したように、ヨーロッパは東西に分断され、それぞれが軍事同盟を結んで厳しく対立しました。
この対立は、両陣営が核兵器を保有していたため、直接戦えば人類が滅亡するという「核の抑止力」が働き、直接の武力衝突(熱い戦争)には至りませんでした。しかし、朝鮮戦争やベトナム戦争のように、特定の地域で両陣営が背後で支援し合う「代理戦争」が各地で発生しました。1962年のキューバ危機では、ソ連がキューバにミサイル基地を建設しようとしたことで核戦争寸前の緊張状態に陥りましたが、これを機に緊張緩和(デタント)への模索も始まりました。
コラム
日本は冷戦下でアメリカの同盟国として復興を遂げました。1950年に始まった朝鮮戦争による「特需景気」は日本経済成長の大きな足がかりとなり、1951年のサンフランシスコ平和条約締結によって国際社会に復帰しました。一方で、1954年のビキニ環礁での水爆実験により日本の漁船「第五福竜丸」が被爆した事件は、国内で原水爆禁止運動が広まる大きなきっかけとなりました。
冷戦は1980年代後半、ソ連のゴルバチョフによる「ペレストロイカ(改革)」や新思考外交によって終結へと向かいました。1989年のマルタ会談でブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長が終結を宣言し、1991年のソ連崩壊によってこの時代は終わりました。しかし、冷戦終結後も地域紛争やテロ、核拡散などの新たな課題が世界に残されています。