- 1980年代後半から1990年代初頭にかけて、株式や土地の価格が実体経済の価値を大幅に超えて異常に高騰した好景気のこと。
- 1985年のプラザ合意後の円高対策として行われた金融緩和(低金利政策)が主な要因となり、過剰な資金が投機に向かったことで発生した。
- 1990年代初めに崩壊し、その後の日本経済に「失われた10年」と呼ばれる長期的なデフレ不況や、金融機関の不良債権問題をもたらした。
解説
バブル経済の背景には、1985年のプラザ合意を受けた急激な円高不況への対策があります。日本銀行が景気の下支えのために公定歩合を引き下げ、市場に大量の資金を供給したことで、行き場を失った資金が株式や不動産へと流れ込みました。これにより「土地の値段は下がることはない」という土地神話が広まり、実体経済の成長とはかけ離れた異常な価格上昇が続きました。
しかし、1990年に政府が不動産融資の総量規制を導入し、日本銀行が金融引き締め(利上げ)に転じたことで、この「あわ」のような好景気は一気に崩壊しました。株価と地価の暴落は、企業や個人の資産を激減させ、銀行には回収不能な不良債権が積み上がりました。これが引き金となり、日本は平成不況と呼ばれる長い経済停滞期に突入することとなりました。
コラム
この時期は昭和から平成へと元号が変わる激動の時代でもありました。バブル期には日本企業が世界の時価総額ランキングを独占し、海外の有名なビルや名画を買いあさるなど、経済的な影響力は世界規模に及びました。しかし、崩壊後のダメージは深刻で、非正規雇用の増加や少子高齢化の加速など、現代の日本社会が抱える構造的な課題の多くはこの時期の経済変動に端を発しています。