潜伏キリシタン

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

江戸時代、キリスト教を信じることは幕府によって固く禁止されていました。しかし、キリスト教の教えをどうしても守り続けたいと考えた人々は、表向きは仏教の信者のふりをしながら、自分たちの家の中などでこっそりと信仰しんこうを続けました。こうした人々のことを「潜伏せんぷくキリシタン」と呼びます。

彼らは、お経のような「オラショ」という祈りの言葉を唱えたり、仏像によく似た「マリア観音かんのん」を拝んだりして、独自のやり方で約250年もの長い間、教えを次の代へと伝えていきました。明治時代になってようやく、自由にキリスト教を信じてもよいという決まりになりました。

こうした歴史は、世界でもとても珍しく、価値があるものとして認められました。現在では、長崎県や熊本県の天草あまくさ地方にある教会や村などが、「長崎と天草あまくさ地方の潜伏せんぷくキリシタン関連遺産いさん」として世界文化遺産いさんに登録されています。

ルラスタコラム

潜伏キリシタンが使っていた「マリア観音」は、見た目は赤ちゃんを抱いた仏様(子安観音)に見えますが、実はキリスト教の聖母マリア様をイメージして作られていました。役人の目を避けるための、当時の人々の知恵だったのですね。

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