まとめ
- 1981年6月以降の「新耐震基準」では、震度6強から7程度の地震でも倒壊しないことが求められる
- 1995年の兵庫県南部地震や2016年の熊本地震など、過去の災害を教訓に基準が強化されてきた
- 建物の耐震性能は、命を守るだけでなく、震災後の生活継続や資産価値の維持にも直結する
解説
耐震基準は、日本の建築基準法に基づき、建物が地震の揺れにどの程度耐えられるべきかを定めた指標です。この基準は、過去に発生した大規模地震の被害状況を分析し、その教訓を反映させる形で何度も改正されてきました。
最も大きな転換点は1981年(昭和56年)6月1日の改正です。これ以前の基準を「旧耐震基準」、以降を「新耐震基準」と呼びます。旧基準では震度5程度の揺れで倒壊しないことが主眼でしたが、新基準では震度6強から7の大地震でも「倒壊・崩壊しない」ことが義務付けられました。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では、新基準で建てられた建物の被害が比較的軽微であったことから、その有効性が証明されました。
| 項目 | 旧耐震基準(1981年5月以前) | 新耐震基準(1981年6月以降) |
|---|---|---|
| 震度5強程度の揺れ | 倒壊しないこと | ほとんど損傷しないこと |
| 震度6強〜7の揺れ | 規定なし(考慮されていない) | 倒壊・崩壊しないこと |
| 主な改正のきっかけ | 1968年十勝沖地震など | 1978年宮城県沖地震 |
さらに、2000年には木造住宅の地盤調査の事実上の義務化や、接合部への金物設置の指定など、より詳細な「2000年基準」へと進化しました。これは1995年の震災での木造家屋の被害を教訓としたものです。2016年の熊本地震では、震度7の揺れが2回連続で発生したため、最新の基準であっても繰り返しの揺れに対する備えが重要であることが再認識されました。
耐震基準の歴史は、日本が経験してきた震災の歴史そのものです。1923年の関東大震災は火災被害が甚大でしたが、これを機に世界で初めての耐震規定が誕生しました。その後も、1948年の福井地震を経て建築基準法が制定され、1968年の十勝沖地震では鉄筋コンクリート造の柱の脆さが露呈したため、基準が強化されました。
近年の地震では、建物の倒壊だけでなく、新たな課題も見つかっています。2011年の東北地方太平洋沖地震では、長周期地震動による高層ビルの大きな揺れが問題となりました。また、2018年の北海道胆振東部地震では大規模停電(ブラックアウト)が、2024年の能登半島地震では地盤の隆起や木造家屋の倒壊が改めてクローズアップされています。耐震基準を満たすことはあくまで「最低限」のルールであり、現在はさらに高い安全性を求めて、制震や免震といった技術の導入も進んでいます。
地震が起きたときに、家や学校がたおれないようにするためのルールのことを「耐震基準」といいます。日本は地震が多い国なので、みんなが安心してくらせるように、国が法律で建物の強さを決めています。
このルールは、大きな地震が起きるたびに見直されてきました。たとえば、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)や、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)など、過去に起きた地震の被害を調べて、「もっと強い建物にするにはどうすればいいか」を考えて新しくなってきたのです。
古いルールで作られた建物でも、後から壁を強くするなどの「耐震補強」をすることで、地震に強い建物に変えることができます。みんなのまわりの建物も、地震から命を守るために工夫されているのですね。
地震にたえる方法は「耐震」だけではありません。建物のゆれを吸収する「制震(せいしん)」や、地面のゆれを建物に伝わりにくくする「免震(めんしん)」という技術もあります。最新のマンションやビルには、これらの技術が組み合わされていることが多いですよ。
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