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日米和親条約

日米和親条約

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1854年、江戸幕府がアメリカのペリーと結んだ、日本で最初の近代的な条約です。これにより、長年続いていた「鎖国さこく」が終わりました。

この条約では、静岡県の下田しもだと北海道の箱館はこだて(今の函館)の2つの港を開くことが決められました。ただし、この時はまだ「貿易(売り買い)」をするためのものではなく、アメリカの船に水や食べ物、燃料を分けることが主な目的でした。

アメリカが日本に来た理由は、クジラを捕る船が休む場所や、中国へ行くための石炭を補給する場所が必要だったからです。

ルラスタコラム

東京の「お台場」という地名は、ペリーの黒船から江戸を守るために作られた「砲台(ほうだい)」があった場所、という意味から名付けられたんですよ。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 日米和親条約によって開港された2つの港はどこですか。
下田(静岡県)と箱館(北海道)です。
【応用】 日米和親条約と、その4年後に結ばれた日米修好通商条約の目的における最大の違いは何ですか。
日米和親条約は船の燃料補給や漂流民の救護を目的としていましたが、日米修好通商条約は本格的な貿易(通商)を開始することを目的としていました。
【実践】 日米和親条約に含まれていた「一方的最恵国待遇」とはどのような内容ですか。
日本が他国とより有利な条件で条約を結んだ場合、その条件がアメリカにも自動的に適用されるという、アメリカ側にのみ有利な取り決めのことです。

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