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富岡製糸場

富岡製糸場

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

明治時代、日本を強く豊かな国にするために、政府が群馬県ぐんまけんに作った日本で最初の大きな絹糸(きぬいと)の工場が富岡製糸場とみおかせいしじょうです。当時の日本にとって、絹糸は外国に売るためのとても大切な品物でした。しかし、それまでの手作業では、たくさん作るのが難しく、品質もバラバラでした。

そこで政府は、フランスから最新の機械と技術者を呼び、世界に負けない高品質な糸をたくさん作れるようにしました。この工場には日本中から若い女性たちが集まり、新しい技術を学びました。彼女たちは地元に帰ったあと、学んだ技術を全国に広める先生のような役割を果たしました。2014年には、日本の近代化を支えた大切な場所として、ユネスコの世界文化遺産にも登録されています。

ルラスタコラム

2024年から新しく一万円札の顔になった渋沢栄一しぶさわえいいちも、この工場の設立に深く関わっていました。当時の建物が今もきれいに残っているのは、工場が閉まったあとも大切に守り続けられてきたからなんですよ。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 明治政府が富岡製糸場を設立した主な目的は何ですか?
明治政府が「富国強兵・殖産興業」を掲げ、日本の主要な輸出製品であった生糸の品質向上と大量生産を実現するために設立した、日本初の本格的な官営模範機械製糸場です
【応用】 富岡製糸場で導入された生産方式は、それまでの「座繰り製糸」と比べてどのような利点がありましたか?
従来の「座繰り製糸」は人力による小規模な家内工業で品質にバラつきがありましたが、富岡製糸場はフランス製の最新機械と蒸気機関を導入したことで、均一で高品質な生糸の大量生産が可能になりました
【実践】 富岡製糸場が果たした「生産」以外の重要な役割と、その設立資金の背景について説明してください。
富岡製糸場は単なる工場ではなく、全国から集まった工女に西洋の技術を習得させ、地元に戻って広めさせる「技術伝習所」の役割を担っていました。また、設立資金には1873年の地租改正による安定した税収が充てられ、後に三井家などの民間へ払い下げられました

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