女房一揆

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1918年(大正7年)に、富山とやま県の海岸にある村で主婦たちが中心となっておこした、お米のねだんが高すぎることへの抗議行動のことです。当時は戦争の影響や、商人がお米を買いしめたせいで、お米のねだんが急に上がってしまい、ふつうの人たちはごはんを食べるのも大変なほど生活が苦しくなっていました。

そこで主婦たちが、「お米を他の場所へ持っていかないで」「安く売って」と集まって行動したのが始まりです。このニュースが新聞で全国に広まると、同じように困っていた人たちが日本各地で立ち上がり、「米騒動こめそうどう」という大きなさわ動になりました。

このできごとがきっかけで、当時の内閣ないかく(政治のリーダーたち)が責任をとってやめることになり、国民の意見を大切にする政治へと変わっていく大きな一歩となりました。

ルラスタコラム

この事件が起きたとき、女性たちは重い米俵を運ばせないように体を張って食い止めるなど、必死に生活を守ろうとしました。それまで女性が社会に対して声を上げることは少なかったのですが、この「女房一揆」は、ふつうの主婦の力が国全体を動かした歴史的なできごととして語りつがれています。

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