集団疎開

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

いまから約80年ほど前、日本が太平洋戦争たいへいようせんそうという大きな戦争をしていたころのお話です。東京や大阪などの大きな町では、アメリカの飛行機から爆弾が落とされる「空襲くうしゅう」がはげしくなりました。

そこで、子どもたちの命を守るために、小学校3年生以上の児童を親元からななして、食べ物がある田舎のほうへ避難させることにしました。これを「集団疎開しゅうだんそかい」といいます。

子どもたちは、家族と離れてお寺や旅館りょかんなどで先生や友だちといっしょに生活しました。しかし、田舎でも食べ物が足りなくていつもおなかがすいていたり、お父さんやお母さんに会えなくて夜にこっそり泣いたりと、とても苦しい毎日をすごしていました。戦争が人々の生活をどれほど苦しくさせたかを知るための、大切な歴史のできごとです。

ルラスタコラム

疎開先での食事は、ごはんの代わりにお米が少ししか入っていない薄いおかゆや、サツマイモのつるなどを食べて空腹をしのいでいました。今の当たり前の生活が、どれほど幸せなことかがわかりますね。

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