大輪田泊

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

平安時代(へいあんじだい)の終わりごろ、平清盛(たいらのきよもり)という武士(ぶし)が大きな力を持っていました。清盛は、日本とお隣(となり)の国である中国(ちゅうごく)(当時の名前は宋(そう)といいます)との貿易(ぼうえき)をさかんにするために、今の神戸港(こうべこう)にあたる場所に立派(りっぱ)な港を整えました。それが大輪田泊(おおわだのとまり)です。

この港を波から守るために、清盛は海の中に「経(きょう)が島(しま)」という人工(じんこう)の島を作りました。当時は今のように便利な機械(きかい)がなかったので、たくさんの大きな石を海に運んで島を作るのはとても大変な工事でした。

この港ができたおかげで、中国から「宋銭(そうせん)」というお金や、美しい陶磁器(とうじき)などがたくさん入ってくるようになり、日本のくらしや経済(けいざい)が大きく変わるきっかけになりました。

ルラスタコラム

大輪田泊で作られた人工島の「経が島」には、ある伝説があります。工事が難航したとき、昔の習慣では人を海に沈める「人柱」を立てることがありましたが、清盛はそれを許さず、代わりに一つひとつのお経の文字を書いた石を沈めて工事を成功させたといわれています。清盛の優しさが伝わるお話ですね。

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