一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
江戸時代の農民には、自分の土地を持っている「本百姓」と、自分の土地を持っていない「水のみ百姓」の2つのグループがありました。水のみ百姓は、ほかの人から田んぼや畑を借りて農業をしたり、いろいろな場所で働いたりして生活していました。
当時の村では、自分の土地を持っている人たちが話し合いで村のきまりを決めていました。水のみ百姓は土地を持っていなかったため、村の話し合いに参加させてもらえないなど、弱い立場にありました。生活もとても苦しく、お米をたくさん収穫しても、半分近くを「年貢」という税金として納めなければならない時代でした。
また、「五人組」という5つの家がチームになってお互いを見張る仕組みがあり、だれかがきまりを破ると、チーム全員が責任を取らされるという厳しいルールもありました。このように江戸時代の農民は、自由が制限された中で一生懸命に働いて、国を支えていたのです。
ルラスタコラム
「水のみ百姓」という名前は、とても貧しくて「お米が食べられず、水しか飲むものがない」という意味からついたといわれています。実際には野菜や雑穀などを食べていましたが、それほど苦しい生活をしていたということが、この名前から伝わってきますね。
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