高野長英

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

高野長英は、江戸時代のおわりごろに活躍した蘭学らんがく者(オランダの学問を学ぶ人)で、お医者さんでもありました。当時の日本は外国とのつきあいを制限していましたが、長英は世界のようすをよく知っていたため、「日本にやってきた外国の船をむやみに攻撃するのは危ない」と幕府に意見を言いました。

しかし、当時の幕府はその意見をゆるさず、長英を処罰しょばつして牢屋ろうやに入れてしまいました。これを「蛮社ばんしゃごく」といいます。長英はその後、牢屋ろうやからにげ出して、顔を薬で焼いて別人のふりをしながらかくれて生活しましたが、さいごは役人につかまりそうになり、自分で命を絶ちました。

ルラスタコラム

高野長英は、にげている間、自分の顔をわざと薬品で焼いて人相を変えていたと言われています。当時の指名手配から逃れるためにそこまでしたというエピソードからは、彼の命がけの覚悟が伝わってきますね。

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