一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
1894年、日本が外国と結んでいた「不平等な約束」のうち、一つをなくすことに成功しました。これを「領事裁判権の撤廃(てっぱい)」といいます。
昔の日本には、外国人が日本で事件を起こしても、日本の警察が捕まえたり日本の裁判所で裁いたりすることができない、とても不利なルールがありました。これを治外法権とも呼びます。このルールのせいで、日本人が被害を受けても外国人が軽い罰で済んでしまう「ノルマントン号事件」などが起き、日本人はとても悔しい思いをしてきました。
そこで、当時の外務大臣だった陸奥宗光(むつむねみつ)がイギリスと熱心に交渉し、ついにこの不利なルールを廃止することができました。これは、日本が世界の国々と対等な立場になるための、大きな一歩でした。
ルラスタコラム
陸奥宗光は、とても頭がキレる人物だったため「カミソリ大臣」というあだ名で呼ばれていました。彼がイギリスと新しい条約を結んだのは、日清戦争が始まる直前のことでした。タイミングを見極める外交センスがすごかったのですね。
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