竹槍訓練

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

太平洋戦争という大きな戦争の終わりごろ、日本のお金や物がなくなったときに、ふつうの人たちが竹で作ったやり(竹槍たけやり)で戦う練習をさせられたことです。物や武器が足りない中で、国民みんなで国を守ろうとした、戦争の終わりごろの苦しい様子を表しています。

昔、日本が大きな戦争をしていたとき、だんだんと負けそうになっていきました。飛行機や大砲をつくる材料がなくなってしまったため、国は「ふつうの人たちもみんなで戦おう」と決めました。そこで、お母さんや子どもたちも、竹をけずって先をとがらせた「竹やり」を持って、敵が来たときのために練習をすることになったのです。

このころ、町には空襲くうしゅうという爆弾が落ちてくる攻撃こうげきが増えたため、子どもたちは家族と離れて田舎へ逃げる「学童疎開がくどうそかい」をしました。また、お兄さんたちは大学を休んで戦争へ行く「学徒出陣がくとしゅつじん」に参加し、みんなが食べ物や物が足りない中で一生懸命に生活していました。

ルラスタコラム

竹槍訓練では、わらで作った人形を敵に見立てて突く練習などが行われました。しかし、実際には近代的な武器を持った相手に竹のやりで立ち向かうのはとても難しく、当時の日本がいかに追い詰められていたかがわかる悲しい歴史のひとコマです。

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