一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
「大東亜共栄圏」とは、およそ80年前、日本が太平洋戦争のころにかかげた計画のことです。その内容は、アメリカやイギリスなどの国々の支配からアジアを守り、日本を中心にしてアジアの国々が力をあわせて豊かになろうというものでした。
しかし、戦争がはげしくなると、理想とはちがう苦しい現実が待っていました。日本は戦争を続けるために、アジアの国々から食べ物や資源を無理やり集めてしまったのです。そのため、最初は日本を歓迎していたアジアの人たちも、しだいに反発するようになりました。
日本国内でも生活はとても苦しくなりました。中学生以上の学生が工場で働かされる「勤労動員」や、大学生が兵士として戦地へ行く「学徒出陣」が行われました。また、空襲から逃れるために、都会の子供たちが農村へ引っ越す「学童疎開」も行われ、家族と離れて暮らすつらい時代でした。
ルラスタコラム
1943年には東京で「大東亜会議」が開かれました。アジアの国々のリーダーが集まった世界で初めての会議でしたが、実際には日本の考えが強く押し出された内容だったといわれています。
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