一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
13世紀の後半、今のモンゴルや中国を支配していた大きな国「元(げん)」が、2回にわたって日本をせめてきました。これを「元寇」といいます。当時の鎌倉幕府のリーダーだった北条時宗は、元の要求をはねのけて戦うことを決めました。
1回目の戦い(文永の役)では、元軍が使う「てつはう」という火薬兵器や、集団で戦うやり方に武士たちはとても苦労しました。そこで幕府は、2回目の戦いにそなえて、博多の海岸に「防塁」という長い石の壁を作りました。この壁のおかげで、2回目の戦い(弘安の役)では元軍を上陸させず、さらに嵐がふいたこともあって、元軍を追い返すことができました。
しかし、この戦いのあと、幕府は困ったことになりました。外国との戦いだったので、新しく手に入れた土地がなく、がんばって戦った武士たちに「ほうび(恩賞)」をあげることができなかったのです。これが原因で武士たちの不満が高まり、鎌倉幕府がたおれるきっかけになりました。
ルラスタコラム
元軍が使った「てつはう」は、今の長崎県の海の底から見つかっています。中にはたくさんの鉄のつぶや陶器の破片が入っていて、爆発したときにまわりに飛び散る仕組みになっていたことがわかっています。
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