学習目安 | 小: S | 中: S | 高: S

元寇

元寇

出典: Wikipedia
一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

鎌倉時代に、モンゴルというとても大きな国が日本をせめてきたできごとを「元寇げんこう」といいます。1274年の「文永ぶんえいえき」と、1281年の「弘安こうあんえき」の2回ありました。

当時のリーダーだった北条時宗ほうじょうときむねは、武士たちに命令して博多の海岸に「防塁ぼうるい」という長い石の壁を作らせました。この壁のおかげで、2回目のときはモンゴルの軍がなかなか陸に上がれず、さらに強い風がふいたこともあって、日本を守りぬくことができました。

しかし、この戦いのあと、がんばった武士たちに新しい土地などのごほうびを十分にあげることができませんでした。そのため、武士たちの生活が苦しくなり、鎌倉幕府への不満が高まっていくことになりました。

ルラスタコラム

モンゴル軍が使った「てつはう」は、火薬を使った爆弾のような武器でした。これを見た日本の武士たちは、大きな音と光にとてもおどろいたといわれています。長崎県の海の底からは、今でも当時の船や武器が見つかっているんですよ。

テストでの問われ方・理解度チェック

【基礎】 1274年と1281年の2回にわたるモンゴル帝国の日本侵攻を何と呼ぶか
元寇(蒙古襲来)
【応用】 2度目の侵攻(弘安の役)に備えて、鎌倉幕府が博多湾の沿岸に築いた石垣の名称を答えなさい
防塁(石築地)
【実践】 元寇での勝利にもかかわらず、なぜ鎌倉幕府の支配力は弱まることになったのか、その理由を「恩賞」という言葉を使って説明しなさい
外国との戦争であったため新たな領土を獲得できず、軍役を負担した武士たちに十分な恩賞を与えることができなかったため、御家人の不満が高まったから

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する
ルラスタマップ (3層表示) フルサイズで表示 (5層) ↗
マップを生成中…

元寇 周辺の地図 Google Mapで開く ↗

最近見た用語
履歴をチェックしています…