田中角栄内閣

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

田中角栄(たなかかくえい)内閣ないかくは、1972年に誕生たんじょうしました。田中首相は、大学を出ていない「庶民の味方」として、国民からとても人気がありました。

一番大きな仕事は、日本と中国の仲を直したことです。それまで日本と中国は正式な付き合いがありませんでしたが、田中首相が中国へ行って話し合い、これから仲良くすることを約束しました。これを「日中国交正常化せいじょうか」といいます。

また、日本中に高速道路や新幹線しんかんせんを作って、どこに住んでいても便利にらせるようにしようとする「日本列島改造かいぞう」という計画を進めました。しかし、その途中で石油の値段が急に上がる「石油危機(オイルショック)」が起き、物の値段が上がって生活が大変になった時期でもありました。

ルラスタコラム

田中首相は、ものすごいスピードで仕事をこなすことから「コンピューター付きブルドーザー」というあだ名で呼ばれていました。今の日本の便利な交通網があるのは、この内閣の計画がきっかけだったのですね。

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