鎖国

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

鎖国さこくとは、江戸時代の幕府ばくふが、外国とのつきあいや貿易ぼうえきをきびしく制限した政策のことです。キリスト教が広まるのを防ぐことや、幕府ばくふ貿易ぼうえきの利益をひとり占めして、大名たちの力をおさえることが目的でした。

1639年にポルトガル船が来るのを禁止したことで、この仕組みが完成しました。それからは約200年もの間、外国との窓口は長崎ながさき出島でじまなどに限られ、オランダや中国(清)といった特定の国とだけ取引を行っていました。

しかし、日本が完全に外の世界と切れていたわけではありません。朝鮮や琉球、アイヌの人々とも、決まった場所を通じて交流がありました。その後、1853年にアメリカのペリーが黒船に乗ってやってきて、日本に国を開くよう求めたことで、鎖国さこくは終わりを迎えました。

ルラスタコラム

「鎖国」という言葉は、江戸時代が始まってすぐに使われていたわけではありません。実は、江戸時代の終わりに近いころ、ある学者がドイツ人の書いた本を翻訳するときに作った言葉だといわれています。

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