一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
足利(あしかが)尊氏(たかうじ)は、室町(むろまち)幕府(ばくふ)という武士(ぶし)の政権(せいけん)を最初(さいしょ)にはじめた初代(しょだい)将軍(しょうぐん)です。もともとは鎌倉(かまくら)幕府(ばくふ)の有力(ゆうりょく)な家来(けらい)でしたが、後(ご)醍醐(だいご)天皇(てんのう)とともに幕府(ばくふ)をたおす活躍(かつやく)をしました。
しかし、そのあとにはじまった天皇(てんのう)中心(ちゅうしん)の政治(せいじ)に、多(おお)くの武士(ぶし)が不満(ふまん)を抱(いだ)きました。尊氏(たかうじ)は武士(ぶし)たちのリーダーとして立ち上がり、天皇(てんのう)の軍(ぐん)を破(やぶ)って京都(きょうと)に幕府(ばくふ)を開(ひら)きました。これにより、京都(きょうと)と吉野(よしの)に二つの天皇(てんのう)が並(なら)び立(た)つ「南北朝(なんぼくちょう)時代(じだい)」という争(あらそ)いの時代(じだい)がはじまることになりました。
尊氏(たかうじ)は、戦(たたか)いに強(つよ)いだけでなく、自分(じぶん)の家来(けらい)たちにとても優(やさ)しく、人望(じんぼう)があつい人物(じんぶつ)だったと伝(つた)えられています。
ルラスタコラム
足利(あしかが)尊氏(たかうじ)は、敵(てき)となって亡(な)くなった後(ご)醍醐(だいご)天皇(てんのう)の死(し)をとても悲(かな)しみました。そのめい福(ふく)を祈(いの)るために、京都(きょうと)に「天龍寺(てんりゅうじ)」という立派(りっぱ)なお寺(てら)を建(た)てたのです。戦(たたか)いの時代(じだい)でも、相手(あいて)をうやまう心(こころ)を持(も)っていたのですね。
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