一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
江戸時代が終わるころ、日本はアメリカなどの外国と「日本にとって不利な内容」の約束(不平等条約)を結んでいました。その不公平な内容を改めて、外国と対等なつきあいができるように明治政府が長い年月をかけて取り組んだのが「条約改正」です。
改正には2つの大きな目標がありました。1つは、外国人が日本で犯罪を犯したときに日本の法律で裁くことができない「領事裁判権(りょうじさいばんけん)」をなくすこと。もう1つは、輸入品にかける税金を日本が自由に決められない「関税自主権(かんぜじしゅけん)」を取り戻すことです。
まず1894年に陸奥宗光(むつむねみつ)が領事裁判権をなくすことに成功し、その後の1911年に小村寿太郎(こむらじゅたろう)が関税自主権を完全に回復しました。これにより、日本は一人前の近代国家として世界に認められるようになったのです。
ルラスタコラム
条約を直してもらうために、明治政府はわざと西洋のマネをして「鹿鳴館(ろくめいかん)」という建物で舞踏会を開き、日本が近代化したことをアピールしました。しかし、外国からは「見た目だけ真似をしている」と笑われてしまい、結局は法律をしっかり整え、戦争で力を示すことで改正を認めさせることになりました。
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