足利義政

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

足利義政は、室町幕府の8番目の将軍です。政治のことよりも、芸術や美しい庭園を眺めることを好みました。しかし、義政が次の将軍をだれにするか決める際にもめたことがきっかけで、1467年に「応仁おうにんの乱」という大きな戦いが始まってしまいました。この戦いによって京都の町は大きな被害を受け、幕府の力はとても弱くなってしまいました。

一方で、義政は日本の文化に大きな足跡を残しました。京都の東山ひがしやまという場所に「銀閣(慈照寺じしょうじ)」という建物を建て、そこで「東山文化ひがしやまぶんか」を育てました。今の和室のもとになった「書院造しょいんづくり」という部屋の作りや、お茶、生け花など、私たちが今も大切にしている日本の伝統的な暮らしのスタイルは、この時代に完成したのです。

ルラスタコラム

金閣寺は金ピカに輝いていますが、銀閣寺には銀がはられていません。もともとは銀をはる計画があったという説もありますが、当時の幕府にお金がなかったことや、義政が木のそのままの色を活かした落ち着いた美しさを好んだからだとも言われています。

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