米騒動

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1918年(大正7年)に、お米の値段が急に上がったことに怒った人々が起こした大きな騒動そうどうのことです。当時、日本はロシアへ軍隊を送る「シベリア出兵しゅっぺい」を決めました。これを知った商人たちが、軍隊に売るためにお米をめたため、ふだん私たちが食べるお米の値段がどんどん上がってしまったのです。

生活に困った富山とやま県の漁村ぎょそんのお母さんたちが「お米を安く売って!」と声を上げたのが始まりでした。このニュースが新聞で全国に伝わると、同じように困っていた人々が各地で立ち上がり、お米屋をおそったりする大きな暴動ぼうどうになりました。

政府は警察や軍隊を使ってこの騒動そうどうをおさえようとしましたが、あまりに規模が大きかったため、当時の寺内正毅内閣ないかくは責任をとって辞めることになりました。そのあと、日本で初めての本格的な政党のリーダーである原敬が総理大臣になり、国民の意見を大切にする政治へと変わっていく大きなきっかけとなりました。

ルラスタコラム

米騒動のあと、総理大臣になった原敬は「平民宰相(へいみんさいしょう)」と呼ばれました。それまでの総理大臣は、特別な身分の人ばかりでしたが、原敬は爵位(しゃくい)を持たない普通の人だったため、国民からとても期待されたのです。

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