第五福竜丸

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1954年に、太平洋にあるビキニ環礁かんしょうという場所で、アメリカがとても強力なかく兵器(水爆)の実験を行いました。そのとき、近くでマグロをとっていた日本の漁船「第五福竜丸」が、空から降ってきた「死の灰」と呼ばれる、放射能しゃのうをふくんだ粉を浴びてしまいました。

船に乗っていた23人の人たちは、体に大きなダメージを受け、そのうちの一人が亡くなってしまいました。この事件を知った日本の人々は、「核兵器は本当におそろしいものだ」と強く感じ、核兵器をなくそうという運動が日本中で広がりました。

ルラスタコラム

第五福竜丸は、今は東京都のこう東区にある「都立第五福竜丸展示てんじ館」という場所で、本物の船が保存ほぞんされています。平和の大切さを伝えるために、今も多くの人が見学に訪れています。

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