租・調・庸

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

奈良時代(ならじだい)の日本では、政府(せいふ)が国を運営(うんえい)するために「租(そ)・調(ちょう)・庸(よう)」という税金(ぜいきん)の仕組みを決めました。これは、今の私たちが消費税(しょうひぜい)を払うのと同じように、国を動かすための大切なお金や物を用意するための決まりでした。

「租」は田んぼでとれたお米を納めるもの、「調」は各地の特産物(とくさんぶつ)(絹(きぬ)や魚、塩など)を納めるもの、そして「庸」は都(みやこ)で働くかわりに布(ぬの)を納めるものでした。

しかし、当時の農民(のうみん)たちにとって、この税金はとても重い負担(ふたん)でした。特に「調」や「庸」は、自分の家から遠い都まで荷物を自分の足で運ばなければならず、途中で食べ物がなくなってしまう人もいたほどです。この苦しい生活から逃(に)げ出したり、税金のない自分たちの土地を作ろうとしたりする動きが広まり、日本の歴史(れきし)が大きく動くきっかけとなりました。

ルラスタコラム

「調」として納められたものには、布だけでなく、カツオやワカメ、アワビといった海産物もありました。遠い地方から都まで腐らないように、干したり塩漬けにしたりして運ばれたそうです。当時の都の人は、地方のいろいろな味を楽しんでいたのかもしれませんね。

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